はまなす放談

HPのリニューアルを機にコラムを設けました。
定期的というわけではありませんが、時代に遅れないように“放談”します。

vol.26 「アフターコロナ 私論(その1)」

はじめに

社会も経済も人の動きを止められたのですから、いわば急速冷凍されたようなもの。しかし、冷凍食品と違って、経済は完全に元には戻りません。その経済を土台として社会は成り立っているのですから、コロナ後の社会は、つまり世の中という意味での世界は変容するのです。
では、どのように変容するのか。それを、知恵を出し合い、想像力を働かせて考える。もし、人々にとってよくない状況になりそうなら、可能な限り、そうなるのを止める、あるいは緩和する方策も考える。医学は、その身を危険にさらしてまで貢献しています。経済学もなにがしかのものがなければ無用の学問のそしりを受けかねません。 いくつか見解を見てみましょう。

日本電産の社長:永守重信さん
「今はCash is Kingだが…コロナ終息後は全く違った景色になる。…利益を追求するだけでなく、自然と共存する考え方になるべきだ。…収益が一時的に落ちても、社員が幸せを感じる働きやすい会社にする。」(読売新聞、2020年4月21日付「コロナと世界」)
岩井克人教授。「個人や企業が自由に利益を追求するだけでなく、社会の一員であることを意識して行動する新たな経済の姿が生まれる。(読売新聞のインタビューに答えて。2020年5月11日付「変わる世界」)。
厳しいコロナ禍の後は、新しい世界がやってくる。望むべくは、それが新しいだけでなくよりよい世界であってほしい。そのために経済学ができること。本稿はささやかな挑戦です

IMFも世界経済の予想を発表しましたが、世界全体で-3%、日本とアメリカは-5%、ヨーロッパは-6~8%。その他の地域が頑張って全体として3~5%のマイナス。 GDPがマイナスということは、不況ということです。様々な予測があり、かなり大雑把ですが1929-1930年代の世界大恐慌のような、あるいは、それ以上に大不況になるらしい。1929年には、株式市場の大暴落から、2008年のリーマンショックの時は大手金融機関の破産から大不況になったのですが、今回は人類が対応手段を持っていないウイルスの蔓延という外生ショックから始まった。簡単に考えてよいなら、外生ショックですから、それが消滅してしまえば元に戻るのですが、既に述べたように冷凍食品のようにはいきません。凍傷は、あちこちに生じ、すぐに治るものもあるけど、重症で長引くもの、中には凍死してしまう部分もあって、全体としてみると、ずいぶん以前とは姿の違ったものになりそうです。 まず大不況です。そうならないように、大不況を中不況か小不況に押しとどめようという試みが目下なされています。不況対策ですが、その検討も経済学の課題です。かなり問題のある対応がとられていますが、そうなってしまうのはなぜでしょうか。

整理します。①不況の様子。急速冷凍の前と後で何が違うか。構造的な違い。②政策批判。種々に実施されようとしている政策が、有効性に疑問があることを示す。③解凍の後の社会は?これには、2通りの答え方があります。1つは、「悪くする」と、もう1つは、「うまくやれば」です。もちろん主張したいのは後者のアプローチ。コロナ問題は大きな災いで、大きな犠牲を払うことになりますが、世界史はこういう危機のあと大きく動き、新しい社会・世界がつくられていったことを教えてくれます。 資本主義は社会主義に道を譲る、とはなっていないどころか、社会主義が先に消滅してしまいました。資本主義は、その内部にかなりの不安要素を抱えていることは、時折のショックで示されていますが、崩壊してしまうことは、これまでのところありません。社会主義者達の見立てよりも頑丈な造りをしている。そして、時々の大修理もかなりの効果を示しています。ですから、私たちはこの世が永遠に続くかの印象を持ってしまう。しかし今回のコロナ禍が、その平安の夢を破ったのです。

先に示した①と②の目的を果たすには、1つの前提を示しておかなければなりません。それが資本主義の基本構造です。急速冷凍は、多分、間違いないのですが、冷凍された構造物はどんなものだったのか。各国の資本主義が少しずつ異なった様相をしているのは当然ですから、ここでは日本の資本主義をモデルにして考えましょう。
医者が治療にあたる時、知らなければいけないイロハのイは、人体の構造です。急速冷凍から徐々に融解していきますが、どこが先でどこが後、凍傷の程度はどこが深い等々は、構造がわからねば、何も言えません。車の構造、エンジンの仕組みを知らずして、修理はできません。修理に相当するものが経済政策ですが、今はそれをみると、ただ巨額な予算を無駄に使っているようにしか思えません。政策批判ですね。これは、まだ出揃っていませんので、少し様子を見ながら議論を進めます。しかし構造は変わりませんから、こちらの方こちら先に話を進めましょう。私達の暮らす日本資本主義のおおよその構造を考える。これは極めて経済学らしいテーマです。

構造

イラストを使って経済の構造考えてみます。描き方、つまり視角は3つあります。まず図1-a。

ドラ焼きの皮が1枚加わっているようなイメージです。中心部は、もちろん餡に相当するものがあります。一番外側は、全体を包んでいる、透明なゼリー状の外被層・保護膜のイメージです。
中心部の餡は、経済の中心主体である大企業、大金融機関、そして流通(物流・人流)、商業資本の大手などで構成されており、まさに濃密な部分です。 その外側は、中心部を支える、表現をやや直接的にすれば従属している中規模の企業群から構成されています。ある程度の規模で、地方・地域ではそれなりの存在感はありますが、中堅企業・小企業というイメージでよいでしょう。
もう1つ外側、つまり2枚目の皮は、小企業です。従業員20人以下を日本では小企業と定義しますが、数の上ではこれが一番多い。日本の企業の97%程度がこの群に属します。企業数、働いている人の総数でみれば、資本主義の重心はここにあります。外被層の小経営との違いは、企業として一応の中身と体裁があることです。
そして、2枚の皮(スポンジ)で包まれた、この一個の構造物が、ザ・資本主義です。自立した運動体として資本主義を考えると、ここまでで完結しています。では、大外に描いた、透明ゼリーという、かなりわかりにくい表現で示しているものは何でしょうか。これは、1.資本主義は社会と関わっている(社会の一部)、つまり人々の日々の営みで成立している(人々との接点)ということ、及び、2.資本主義は常に再生していく、その際の栄養分のプールのようなものが必要、の2点で、その必然性が認められる部分です。
生まれたての企業(やがてベンチャー企業に成長するものも含めて)、企業と呼ぶ以前の状態の様々な組織、公共性の要素を残すものなどの新しくかつ雑多な小さな主体が資本主義を霧のように包んでいるのです。この部分が無くとも、理論的には(すなわち短期的には、時間的推移を無視すれば)資本主義は存続できます。しかし、それは抽象的な自立であり存在でしかありません。資本主義が常に新しく、かつ成長していくには、この謎のベールが必要です。

図1-b(略)。これは前の図を産業構成を念頭に書き換えたものです。少し前(リーマンショック以前)は、中心の餡は金融機関でした。金融資本主義などという言葉が普通に使われていましたし、誰の目にも安定した、かつ恒常的に儲かる産業で、その他の、つまり非金融分野に圧倒的な支配力を及ぼしていました。しかし、その後、かなり勢力を弱めていますから、現時点で中心部の様子はかなり変化しています。これは大きなテーマで、後日の課題にとっておきます。
金融のすぐ外側には、大商業資本があり、成績のよい自動車などの製造業があり、更にその外側に、主要産業を支える様々な産業が位置し第2層をつくっています。そして、この視覚からみた場合の大外の謎のベール・ゼリー層は、やはり小型・零細企業(自営業を含む、多くはサービス業に分類される)から構成されています。

図1-C(略)。地理、立地を念頭に図を作成すれば、こうなります。なんといっても、中心は東京です。混み合う首都圏を逃れて周辺に本社を移す企業はいつもありますが、これらの企業でも本社の活動の概念上の中心地は東京です。東京は資本主義というドラ焼きの間違いなく餡です。その味と量は、時代とともに一定の方向性を持って変化しますが、これも別テーマです。
東京の外側の層は、まず主要都市、地方中核都市が位置します。そして資本主義は、これまでの図と同じように一応完結します。では大外にある謎のベール、透明のゼリーは何でしょう。それは、地方に散在する小さな町(村も含む)です。地方経済と呼ばれる概念を構成しているのはここです。資本主義にとって、田舎はなくてもいいの?そんなことはないのですが、そう思っている人は経済学者には意外と多い。シンガポールや香港のように田舎を持たない、都市国家としての資本主義もありますし、経済現象は日本ではほとんど東京現象ですから仕方ないでしょう。でも、日本がよりよい国になる、人々が住みやすい、安心してゆったりと暮らせるとかの観点を入れると、東京オンリー主義は誤りであることが判ります。この誤りを証明するのは、やや面倒ですが、感覚的には誰にも納得できる。地方から東京に働きに出ていった人々にはわかるのです。

新型の大不況!

図1-aで示したような物体を液体窒素につけて急速冷凍した。さて、どうなるでしょう?解凍された、らどうなるでしょう?
冷凍食品と違って、解凍しても元には戻らない。凍傷はあちこちに残る。あちこちがどこかによって全体の様子も違ってきます。
人々の活動が長期に亘って停止する。経済も人々の活動ですから、活動量を計測したGDPは減少します。量的にどれくらいかは、停止期間がどのくらいかに、まず依存します。現時点で約3ヶ月間ですから、既にかなり大きなマイナスになっているでしょう。1年という時の物差しで測って、どのくらいになるか?リーマンショックを上回る、1929年からの世界大恐慌より悪くなる。いろいろな予想がありますが、これらは量的な観点からの議論です。ここで展開したいのは不況の質的な面です。不況が大不況になるか、小不況で済むかも関心事ですが、不況が従来のタイプやリーマンショック後の不況と、どう異なるかを考えます。
不況は、新型です。その根拠は図1-aです。これが見当はずれでなければ、かなり実相に迫れることになります。
凍結が最も進むのは、大外の外皮層です。ここは密度のないところで、もともと薄い。パリパリに凍って、かなりの部分は破壊されてしまう。具体的には、小企業・零細企業・自営業の多くが再生不能の状況になり、多くの倒産・廃業が出る。それは困る。日本の資本主義にとって困る。いくつか理由があります。

イ.不安定ではあるが大量の雇用を擁している。だから放っておくと失業が大量発生する。
ロ.小企業とはいえサプライチェーンの末端を構成していることもあり、そうであると、全体の供給体制が影響を受けます。それらはすぐに復元するかというと、そうではない。代々の家内工業のような企業の代わりはなかなか見つからない。ここに存在する小企業の多くはサービス業ですが、一見、生産そのものに関係ないようでも、実は生産の円滑性に貢献しています。だから放ってはおけないのです。
ハ.前述の1と2と違って可視的でないのですが、これから述べることは重要です。
それは図1-aの外被層が資本主義の再生という点で大事な役割を果たしているからです。星はガス状の星雲から生まれるように、新しい企業は外被層から生まれ、やがて幸運な数少ない企業がスターに成長して資本主義の正規軍となる。図で言えば、ドラ焼きの中に参入していくのです。そして外被層でこういうことが生起するということは、その行為を支える精神がここで培われているからです。ここだけに、中沢新一さん※が探り当てた神秘の振動が発生しています。「シャクジ空間」の突端が資本主義にあるとすれば、図1-aの外皮層だと思います。
「ミシャグチは、そこを通って若々しい善なる力が人の世界に降りてくる通路として…まさに世界と生命の根源にあるものに触れている境界の皮膜を表している」(P68) 企業、それを生み出す精神は「胞衣(えな)を被って生まれたる子供」(P107)なのかもしれません。「創造的エネルギー」の故郷を資本主義世界で探すとすれば、私は外被層しかないと思います。
この外被層、不思議な空間は人々にも近い、いわば社会的空間でもありますから、ここが傷つき痛むのは社会政策的見地からも放置できません。効果の疑わしい怪しげな政策が多く展開されるのもわかります。

話を戻します。図1-bでみれば、ここに伝統工芸とか家内工業などが多く、業種的に見れば雑多です。製造業の末端・下請企業、その他サービスに分類される小企業は、資本主義にとって不要不急ではなく、実は必須なのです。また図1-cでみれば、ここは地方です。地方といえば、少し前に地方創生というお神輿がつくられ、これに乗せられ担がれたのですが、実効はほとんどなかった。そして、今回の冷凍で深手の凍傷を負うことになったのです。
従来の不況、その典型は過剰生産を起点とします。主に大規模製造業→中企業→小企業と波及、それと併行して、流通。運輸(物流)にも不況が及び、大きな、そして小さな倒産が出て、失業増、場合によっては不良債権の増大で金融機関にも波及します。そして気がついてみれば、人々の所得減から消費は低迷。
リーマンショックは逆コースでした。まず大手金融機関→GMのような大製造業。併行して金融資産価格の暴落による有資産階級へのダメージ。
今回の大不況(これから次々と実相が示されるので、ここは概略の予想だけ)は、まず消費不況です。人々の所得は減っていませんが、外側の強制力で消費が止まった。当然、消費者に近いところから影響が出ます。そして、これが簡単に復元しないという問題がありますが、それは後に述べます。
過剰生産とか金融危機は図1の円の内側で生じた問題です。いわば内生要因ですが、コロナウイルスは外生要因です。たから、それがおさまれば、資本主義は自律回復する、(しかもV字回復する!)という期待があります。しかし、そうはいかないというのが本論の見方です。資本主義の創造的エネルギー源であり、資本主義を保護膜のように包んでいるものが破れてしまったからです。

消費不況は末端の小企業・飲食業を直撃し、観光という人々に近い部分を襲います。観光は、地域によってはナンバーワン産業で、しかも大きな裾野を持っています。旅館、ホテル、航空、鉄道・バス、旅行斡旋、そして土産物製造がほぼ凍結しています。“景気悪いから、どこかに出かけてパーっとやるか”というパターンにならない。どうにもできず、ただ引きこもっている。こういう不況は、まだ経験したことがありません。それだけに対応も難しい。マスクを2枚とか、10万円のお小遣いなどというのは、現状を分析せず、まさに場当たり的なピュリスムの帰結です。政策の話は別にします。

(つづく)

※中沢新一 『精霊の王』講談社学術文庫、2018年。

濱田 康行

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