はまなす放談

HPのリニューアルを機にコラムを設けました。
定期的というわけではありませんが、時代に遅れないように“放談”します。

vol.18 金融の図の解説

〔図1〕

図1の矢印は貨幣の動く方向を示している。左側で貨幣が生まれる。貨幣をマネーとかもっと具体的に銀行券とか呼ぶが、それはここでは問題にならない。貨幣は生産・労働によって生まれる。このことを確認しておけばよい。貨幣は中央銀行が勝手に印刷するとか、個々の市中の金融機関が貸出しに際して“預金設定”でつくり出すなどは現象の一部を表現したにすぎず、また金融・銀行史の現代の局面のみを見た一方的認識である。お金・貨幣は古来より大切なものとされてきたが、それを生み出すのは生産であり、なにかが生産物として販売され、売った人が次の購買をすぐに行わない場合に目に見える型で現われる。それは、いわば働いて、その代価でなにかを買うのを節欲する結果だから、お金は大切なもので貴重であるという観念が私達の基本的な認識となった。お金・貨幣が、金、紙幣、電子マネーなど、いかなる形態を纏うかはお金の本質とは別の問題である。それは人間が誕生し、成長し年齢を重ねるにしたがって様々な衣装を着用するのと同じである。決して衣装だけが一人歩きしているのではない。図1は、生まれたままの貨幣が運動するという前提で描かれている。

左側は既に説明した実物経済(図では現物経済)であり、ここが稼働して(人が働いて)生産物が生み出され、それが販売され貨幣になる。大方の貨幣は、すぐに他の生産物の購買に向かうから、貨幣の保有は極めて短時間であるかもしれない。この場合、貨幣は図の左側でだけ運動している。ところが、経済の発展とともに、貨幣として留まる(すぐに購買に向かわない)という事態が生じる。今度は、極めて短時間ではなく、また、“あったことにする”ということもできず、“これが貨幣です”という型で、目に見えるモノ(・・)として存在することになる。これを、遊休貨幣と呼ぶ。遊休の動機は様々だが、普通な状態は蓄蔵だから蓄蔵貨幣と呼ぶこともある。ここでは前者を使用する。遊休した貨幣が、金融機関とか証券市場があるという前提でどう運動するかを示そうとしたのが図1である。
遊休貨幣はもちろん、それを生み出した本人の手元に留まることもある。極めて、近日中の使用が予定されていれば所有者がそれを手放すことはない。金融・証券界の電子化がゆきわたった今日ではなく、数十年前の情況を思い描いて欲しい。どこの経済組織にも“手持ち現金”があった。

遊休貨幣は、その遊休が一定期間以上に及ぶなら利鞘のために運動をはじめる。個々の企業の優劣を測るのは利潤率だが、分子は利潤の量であり、そこには本業によって得た利益に様々な利益が加えられる。会計学でいえば営業外利益だが、そこに利子・配当も含まれる。企業の優劣の判定基準が利潤等なら遊休貨幣で利子配当を稼ぐことは企業にとって当然である。それは、個々人についても同じことなのだが、図1ではそれも含まれている。もっとも、最近になるまで個人の割合は支配的なものではなかったのだが。
遊休貨幣の行き先は二つある。ひとつは、図の上の方で金融機関・銀行経路である。象徴的に、ここでは銀行としておこう。具体的な形態は預金である。歴史的には後のことになるが、銀行が預金に利子をつけるようになると、この経路は主流となる。

さて、図の中央、銀行に貨幣は預けられる。銀行はただ保管するだけでなく、これを図の右側に向かって送り出す。貸付である。これだけだと、銀行は単なる資金のトンネルで、預金金利と貸出金利の差額だけを収益源とする事業のようになるが、実はそれだけではない。後に述べる重要な機能が加わる。貨幣が図の左から右へ移動することは、遊休貨幣が再び生産に利用されることを意味する。貨幣は遊休しなくて済む。貸出金利<一般的利潤率が成立していれば、遊休貨幣は生産的に利用されることになり、経済全体として生産の拡大に資する。これが金融の基本機能であり、それは常に拡大再生産をめざす資本主義経済には不可欠のものである。どの図も、成長経済のために最初に整備することのひとつが銀行制度であるのはこのためである。左から右に、遊休した貨幣が移動し、生産に使われる(投資)。そしてまた貨幣が形成され、その一部が遊休して循環する。図は平面図だが、左と右の点線部分は接合しているから実は円筒型になっていることをイメージしてもらいたい。
金融機関・銀行の機能は何か。第一は、貨幣の循環をスムースにすること。すばやく効率的に預金として貨幣を集め、それを生産的投資に貸し出す。現実には貸付けた貨幣は投資以外の目的にも使用される。当座のつなぎ資金という需要もある。それは、長期貸しと短期貸しの区分になるが、簡素化のため長期貸しだけを念頭において行論を進める。

図には三つの調節バルブがある。これらが象徴するのは金利:利子率である。Aは預金利子率、Bは貸出利子率である。銀行が多くの預金を集めようと思えばAをあげる。そうすれば、手元に置いておくよりも預金しようというインセンティブは高まる。もっと多く貸し出そうとすればBを下げる。貸出利子率をb、利潤率をPとすればP>bなら投資のインセンティブは通常なら生じる。銀行は自分の手で調節できるAとBを使って、自らも利潤を得るように行動する。ここで利潤といってるのは金融業の利潤であり、それは特殊なものだが、ここではふれない。

貸出利子率が高いとP>bが維持できなくなり投資は減少する。もし、経済を成長させたいと願うなら、この状況を改善するにはより多くの預金をあつめなくてはならない。しかし、預金の源泉である遊休貨幣の量は、その時点の経済活動の結果で決まっている。貸し出し需要が旺盛なときは、状況を放置すれば金利は上昇してしまう。金利は需給で決まる。商品の価格と違って、自然価格(つまり投下労働量)のようなものはないのである。だから金利はどこまでも高騰する。しかし、そうなれば、投資は減る。先程、“貸し出し需要が旺盛”といったが、こういう状況のときは、経済成長のチャンスでもある。経済成長を望む人がいれば、金利の上昇でこのまま機会を失いたくないのである。“望む人”は国家・政府であり、政府が中央銀行に、いわば代理人に仕事を託すのである。なぜ、そうなるかというと中央銀行のある機能を持ってしか、この課題を果たせないからである。図の中央の上に中央銀行がある。この下にバルブCがある。中央銀行はこのバルブを使って金融市場の貨幣の量を調節する。預金が集まりすぎていれば、上方に向かって引きあげ、それが足りず貸出が逼迫していれば下方に向かって貨幣を送り込む。バルブCは二つの機能を持つ。ひとつは、AとBと同じ金利の調節、もうひとつは直接貨幣を送り込んだり引き上げたりする。それは、金融市場との有価証券の売買を通じて行われる。ひとつは質的金融政策、他は量的金融政策と呼ばれる。どちらの機能を果たすにせよ、中央銀行はあるモノ(・・)を持っていなければならない。それは、遊休貨幣の準備(リザーブ)である。このリザーブをつくるために、中央銀行は預金を集める諸銀行とある取り決めをする。それは、集めた預金のある部分は中央銀行に預けるという半ば強制的なルールである。これは、預金準備制度といってどこの国にもあり、多くの中央銀行の名称に“準備” (リザーブ)がついているのはこのためである。リザーブを中央銀行に預けることは諸銀行にとっても、自らの安全性を示すことになるから、これに従うことになる。

もうひとつの方法は中央銀行が自ら貨幣をつくり出すことだ。ここで貨幣というのは中央銀行の発行する銀行券だが、金本位制下では、その発行量は準備としての金そのものの量に強く制約されており、中央銀行の自由になるものではない。この方法には限界がある。銀行券は信用貨幣であり、将来発行する遊休貨幣を先取りしている。しかし、その量はある程度の範囲で予測しうるにすぎないし、信用貨幣の性質からして多めに発行することには大きな危険を伴うから、どの中央銀行も手持ちの金準備(これは将来でなく現時点での遊休貨幣)をみながら慎重に発行する。この制限を外すには金本位制からの離脱が必要だが、それは図の想定にない。しかし、貨幣は実物経済が活動することで生まれる。この原則は制度が変わっても不変である。貨幣は紙ではない。

以上の説明だけだと、銀行ルートは単なる資金のプールと通路にみえるが、このプールに銀行が三つの作用を与え、貨幣の流れを早くする。それが銀行の本質であるが、これについては別に述べたので省略する(濱田康行『金融の原理』(北大図書刊行1991年))。

図の下半分は直接金融ルートである。直接という言葉が使われているので誤解しやすいが、仲介者がいないのではない。私が自分の遊休貨幣でどこかの会社の株式を買うとしても(それは不可能ではないが)仲介者を必要とする場合が多い。ここでの仲介者は不動産売買の仲介者と同じ機能しか持たない。それはいわゆるブローカーである。銀行の場合は、集めた遊休貨幣に加工を施すところに大きな違いである。直接・間接という俗な区分に惑わされてはならない。
図の下部で肝心なのは、証券の世界が金融の世界と、より具体的にいえば金融市場と証券市場が接続していることである。つまり、金融市場から借入して株式を購入するという関係が加わる。これは信用取引と呼ばれているもので、証券市場に厚み(いつでも売買が成立する)を与え、かつ投機的機能を与える。このことによって証券市場が金利の影響を間接的に受けることになる。金融市場が遊休貨幣で潤沢であれば、つまり金利が低くなれば、証券市場にお金は向かいやすく、逆ならば逆である。中央銀行からみると証券市場は遠くにあるというのも図の示すところである。中央銀行のお膝もとは金融市場である。どこの国をみても、銀行が構成する金融市場には中央銀行はしばしば顔を出すが、証券市場は中央銀行とは別の組織だし、別の歴史を持つ。証券取引所はブローカー達の共同の館であり、多くの場合、民営であり自律している。中央銀行は金融市場にコール市場という直轄地を持つが証券市場にそういうものはないのである。

遊休貨幣が、間接が直接かどちらのルートに向かうかは、遊休貨幣の性質、金利、リスクの三つの要素が決める。遊休貨幣の性質とは要する遊休する期間のことであり、俗に短期・長期と区分されている。直接ルートには長期の資金が向かう。間接ルートは主に短期の遊休貨幣が向かい、これに長期資金が合流する。長期資金に関しては銀行と証券は競合関係にある。他方、前述のように金融市場からの資金が証券市場の円滑性を高めるのだから、両者は協調しているともいえる。金融市場と証券市場が接続していることは株式価格の変動を大きくするから、このことを嫌って両者を遮断する制度が各国で採用された時代が長く続いた。日本でもアメリカでも銀行業と証券業は分離されていた。グラス・スティーガル法はその象徴であった。しかし実物経済の規模が大きくなり、それを成長させるにはより大きな投資が必要となり、いわゆる垣根政策は時代遅れとなり、各国に巨大な金融コングロマリットが成立した。現代では、経営的には両者は融合している。しかし、これが理論で考えた理想というのではない。

2018.08.17 濱田 康行

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