はまなす放談

HPのリニューアルを機にコラムを設けました。
定期的というわけではありませんが、時代に遅れないように“放談”します。

vol.13 証券市場の成熟?

 トランプ大統領が決まった日に、東証株価は1,000円以上も値下りした。トランプ・ショックだ。しかし次の日、一転して値上がりし、暴落は暴騰で埋め戻された。
証券会社の人にワケを聞けば、あれこれの説明がある。予想外だ!かの人が何をするかわからず不安。つまり日本経済に不利な事をするかもしれない?逆に翌日の値上がりには、“大統領になったらそれなりに行動する”、“選挙キャンペーンでの過激発言はいわば打ち上げ花火”だ等々。勝利宣言で、強いアメリカの復活を強調。Great USA、Again!となると、強いUSドルだ。結果的に、日本の証券業界が望む円安が進む。直後の10日間をみると、円・ドル相場は101円台の円高から110円台の円安まで動いた。トランプ・ショックはあっという間にトランプ・マジックになった。

 問題にしたいのは、暴落・暴騰の理由・背景ではない。相場の上げ下げの説明はすべて、“あとづけ”だから傾聴に値するものは少ない。 説明しなければいけないのは乱高下そのものである。ここに日本の証券市場の未成熟という問題が現れているからだ。
 トランプ氏がアメリカの大統領になる。アメリカは大国で日本に因縁の深い影響力のある国だが、それが外国であることには変わりない。
外国の元首が予想と違った人になるくらいで、なぜ日本の株価はこうも大変動するのか。当のアメリカの株価は急落もなく、むしろ堅調で史上最高値を更新した。

 同じようなことが過去にもあった。イギリスのEU離脱が国民投票で決まったとき。日本の平均株価は1,000円以上も下がった。影響があるのは、イギリスに進出している日系企業ぐらいなものなのに、証券市場は大騒ぎだった。対照的に欧州大陸諸国(ドイツやフランス)、そしてアメリカの株は小さな変動で済んでいた。
 もうひとつ思い出す。2015年の夏、過熱ぎみの上海市場が暴落した。まず日本の市場が平穏に開いた。その2時間後、上海で暴落。すぐに日本も急落し、夕方にはロンドンが開いて夜遅くニューヨークへ。文字どおり世界一周の下落劇だが、この時は世界を三周するまで止まらず、その間に率でみて最も下げたのは当の上海と日本だった。欧州もアメリカも下げるには下げたが極めてマイルドな動きだった。中国が輸出で儲けたお金は中国系ファンドが運用している。中国株が暴落したので追加資金が必要となり日本株などの外国株を売る。そういうことはあるだろう。しかし地震の震源地よりも大きく揺れる。これは証券市場という“建物”に構造上の欠陥があるからだ。そういえばアメリカ発のサブプライム・ショック、リーマンショックのときも、一定期間をとると日本の株価下落が世界最高(低)だった。なぜ、こんなことになるのか?

 証券市場は資本主義経済の主要な制度である。中央銀行と銀行制度などと同様に、これがなくては経済は成り立たない。それは資本主義経済とともに発展・進化する。進化するとなると、一応の完成型があるが、そこに至るには時間がかかる。その時間には人々の様々な経験がたくさん詰まっていなければならない。
 ニューヨークの証券市場はマロニエの大きな木の下に人々が集まるところから始まったし、ロンドンのそれはコーヒーハウスから始まった。どちらも、やがて街を代表する立派な建物となる。そこでは多くの人々が自主的に多くの習慣と決まりをつくり、それに従って取引が行われた。その決まりも習慣も工夫が加えられ変化していく。現代では、少なくとも先進国では、人々はコンピューターにとって代わられ、決め事は法律や取引所の規則に進化した。
 問題に迫るために、とても巨大なのだけど歴史の浅い市場をみてみよう。観察の対象は現代の中国である。
 証券市場の大きさを測る物差は時価総額などいくつかあるが、上海市場はどれでみても世界有数であろう。それが、わずか数十年、つまり改革開放運動のあとに急速にできたのである。しかし、この市場はその短い期間のうちに既に何回も暴落を経験している、その暴落の多くは、他の市場から伝搬したものではなく、内生的なもの、つまり上海オリジナルだ。

 なぜこういう始末になるのか。既に中国の研究者、そして日欧米の研究者が研究を始めている。また、市場当局、政府も“なぜ”に関心を持っている。その結果、いくつかの要因が示されているが、私にはどれもピンとこない。それは次の要因が指摘されていないからだ。
 ひとつは未成熟ということ。もうひとつは、私的所有制度という、いわば土台の問題である。
 資本主義は様々な制度を必要とする。それらは、理論的には私的に発展する。社会を官と民の二つに分けると、取引所と称するものは民の世界になる。取引所が巨大になり、規則が複雑になるので管理を公・官に委ねる事はままあるが、取引所が民の創造物であることは事実である。
 しかし、取引所が自然に成長していくのを待っていられない事情もある。途上国や、社会主義国が証券市場をつくろうとする場合はこの事情が強く働く。いわゆる官製市場がめざされるのだが、これがなかなか難しい。充分に身長が伸びていない子供に大人の服を着せてしまうような事がおこる。

 未成熟現象の象徴は取引停止だ。それが国家の手でなされる。パニックのとき、異常な値動きを止めるために一時的に市場を閉めることは先進国でもある。しかし一時的にだ。というのは、取引停止は株式の流動性の否定だからだ。準備金、つまりキャッシュではないがそれに準ずるものが株式だが、その性格が否定されてしまうと株式は死んでしまう。2015年の上海の暴落では市場全体の閉館のあと個別銘柄の取引停止が長期間に亘って続いた。その数1439社である。これで暴動にならなかったのは、買い手・持ち手の多くが余裕資金のある個人だったからだろうか。流動性の必要な企業には“停止”は大問題だ。個人の多くも、借金で株を買っているというから、取引停止は返済モラトリアムを伴わなければならないが、それはそれで信用制度に大きな傷を残す。

 新規公開も停止された。一年以上もである。2007年の上海メインボードでは4,000件を超える新規公開があったのに2013年はゼロである。禁止されたからだ。その理由は、新規公開が株式数を増やすことで株価を下げるからだ。しかし、これは筋が違っている。新規公開でいわゆるダイルーション(水増し)が生じ、株価が下がるのは貨幣数量説と同じで驚くべきことではない。しかし、その時は新規公開の株価も下がり、それをめざしている会社が新規公開を延期する。それで需給の均衡が回復する。
 中国の証券市場は国営のカジノのようだ。ある時、突然、入場ができなくなり、ルーレットも止まってしまう。
 耳を疑う話もある。人民日報が「株は今が買いだ」と囃した。人々は中国共産党がそう言っているのだからと買ったという。政治と経済の間に線が引かれていない。これも未成熟の現象のようだが、明らかに構造欠陥だ。
 増資に関しても灰色である。日本などでは公募増資が当たり前だが中国では第三者増資が90%を占める。第三者という定義も曖昧だし、割り当ての仕方が不明朗である。ひと頃には日本もそうであった。しかし資本主義≒不明朗と考えているうちは倫理が育たず、サギ的経済がなくならない。中国経済の基本的体質がもしこのようなものであり続けるなら、低賃金労働の供給枯渇と技術革新の停滞が加わって、この国の成長経済は挫折するだろう。既にそうなっているのかもしれない。

 証券市場の未成熟を示す基本的な問題は、私的所有制度という資本主義の土台を据えないで証券市場をつくったことだ。
 カジノは一般開放された。つまり誰でも一定の財産要件を満たせば株式は買える。それは持分所有権であるから、対象企業を一部所有したことになる。しかし実際は、公開企業の多くは国有企業のままなのだ。つまり全株を放出して民営化するのではなく、過半数は国が所有したまま。人々の保有する部分所有権は決して経営権にならない。このことは当局にも意識されていて、売り出しの対象は小口の個人だ。そして買った個人は“経営には関心がないから”もっぱら短期売買になる。会社の状況や、日本やアメリカで注目されるPER、ROE、BPRなどの指標にはほとんど関心がない。株価が上がるかどうか、それだけが関心事なのだ。これは情報のない投機であり、ルーレットと同じだ。カジノは国が管理しており、しかもルールもプレーヤーには決められない。配られたチップは標章にすぎず所有権を示すものではない。入場は自由にみえるが、カジノのオーナーの都合でいつでも閉館され、プレーの制限もできる。場内の取引もいつでも停止される。そしてなにより、取引そのものが増資のプロセスに象徴されるように問題アリだ。参加者はそれを承知しているから、投機目的で入場し、儲かったら一刻も早くここを出ようとする。明日には何か不都合なことが管理者である国によって宣言されるかわからない。人々が短期取引しかしないことは国にとっても都合がいい。投資先の国有企業に関心がないから、投資家が監視の目を持たない。

 情報がコントロールされている。会社に関する情報が流されても関心が薄い。人々が関心があるのは隣の人が買ったか売ったかだ。証券会社が“皆さん買ってます”と言えば相場は上がる。ボラテリティ(価格変動率)が高くなるのは当然だ。
 外国人は閉め出されている。彼らには上海A株は買えない。外国人に買われて、所有権を主張されては困るのだ。しかしこの方針は中国の貿易政策・対外政策といつか衝突する。中国の工業製品は世界中で売られている。世界の投資家のいく分かは中国の製造業に興味を持つ。これだけ世間を席巻しているのだから。
 乱高下を問題視し、その解決策のひとつは株式を安定的に保有する機関投資家の成長だ。しかし、中国国内にそれを望める状況にはない。可能性があるのは国営のファンドだが、それでは国有企業の株を国営ファンドが買うことになり、社会主義そのものである。

 様々な国民の不満が国家に向かわないように。一部の国々のカジノは外国人観光客めあてだが、中国の証券市場はドメスティックだ。その設置目的は推測しうるが、ここでは述べない。
 上海の株価指数は一時6,000を超えたが現在は半額程度。国家の操縦が効いているらしく、値動きは小幅になっている。中国の経済政策の迷いがここに見える。このまま、資本主義に進むのだろうか。
 中国の投資家も証券市場の構造欠陥に気づき、最近では不動産市場に資金を移動させているという。資本主義は都市文化である。また金融業の発展は大都市のみを成長させる。中国の場合、北京は政治都市であるから経済は上海に集中する。両都市の不動産価格(建物のみ。土地は国保有)は上昇する。外国企業のオフィス需要もこの両都市に集中する。それはレント(家賃)の高騰を招き、それは不動産が投資の好対象であることを示す。しかし日本の不動産バブルが示したように必ず天井がある。レントはその建物でビジネスをやって得られる収入の枠内に納まるからだ。

 限界は利子と同じで、利潤だから、中国経済がどれだけ稼げるかにすべてはかかっている。世界史の教訓は、資本主義の利益は国内の体制ができたあとには外延的展開にかかる。つまり帝国主義だから中国は領海の拡大にこだわり軍事力の増強に熱心なのだ。アフリカ諸国、アラブ諸国への様々な援助も経済的領土拡大だ。立ちはだかるのはアメリカだから軍事力の増強には余計に力が入る。でも、こうした傾向、つまり国内の様々な不備を対外展開で解決してしまうというのは危い。中国の知識人はそれに気がついているはずだ、と期待したい。

 日本の証券市場も偉そうなことは言えない。上海ほどではないにしても、その官制度合はかなりのものだ。株価が弱くなった時に買い支えているのは日本銀行(ETFを対象)、またGPIFなどの年金基金だ。個人投資家の比率はかなり低下しているから、この点だけを取り上げれば上海の方がましだ。
 経済の官制化は全世界で進んでいるようだ。社会主義と資本主義、先進国と途上国の区別なしに国家の下に経済が従属している。だから安定政権が歓迎される。不動産王が大統領になるというのは、オール官制へのしっぺ返しのように思える。 2016.11.29 濱田 康行

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